着ぐるみの男に追いかけられる


 散歩途中、道路沿いのとある家にふと目がとまった。垣根は背が低く、侵入者が居てもよく見える、防犯に良い造り。庭に芝が植えられた、かわいらしい外観の家だ。その家の庭には犬小屋のようなものがあった。“ようなもの”と言うのは、犬小屋にしてはサイズが大きいからである。まあ、大型犬が飼われているのかもしれないし、特に疑問を持たなかった私であった。庭には垣根の側に沿ってチェストが置かれ、その上には大きなハンドベルがあった。道路沿いを歩く人でも手が届くものだ。よく見ると犬小屋には看板がぶら下がっている。
 看板の文字はこうだ。「どうぞベルを鳴らしてください、ご挨拶をいたします」
 “…なるほど。この家の犬は芸を仕込まれていて、道行く人を楽しませてくれるのか、素晴らしい。”私は感心し、さっそく試す事にした。ベルを手にとり大きく振ると、チリンチリンチリン!と涼やかな音色が響く。すると、犬小屋の中から子犬が顔を出した。しっぽを振りながらこちらを見ている。かわいい!私は彼(彼女?)の気を引こうと一生懸命おいでおいでをした。子犬はしばらくモジモジと迷うようなそぶりをしたかと思うと、とうとう小屋を出てきて、興奮して庭を駆け回り始めた。
 かわいい!かわいい!子犬の可愛さが炸裂しているのに気を取られていたが、ふと犬小屋から、何かが動くような気配がした。なんだろう?とそちらに注意を向け始める私。すると、ナニカがそっと入り口から頭をのぞかせた。のぞいたり、引っ込んだり、のぞいたり、引っ込んだり…。なんだろう?犬じゃなさそうだ。奇妙な形をしてるような気がする…。
 とうとう、のそり、とソレが入り口から上半身を現した。うわあ…。ソレは、頭にバナナのぬいぐるみを被った人間(野郎)だった。


 巨大掲示板などで使われるギコと呼ばれるAAに、バナナの着ぐるみを着たバージョンがある。それを想像してもらえればよいだろうか。ここにAAを貼り付ければ話は早いのだが、私はそういうものに不慣れだし、AAを上手く表示するために行間などの設定を直したりするのは面倒だし、…という事で、代わりに画像を掲示するとする。右上の画像がそうだ。ただ、このAAは全身に着ぐるみを着ている訳だが、犬小屋から現れた男は、バナナ(のぬいぐるみ)の下方をぶった切って頭に被っているだけだ。だから正確に言うと同じものではない。私のイメージが同じというだけだ。まあ、全身ではない方が動きやすく活動的で良いのだろう(良いのか?)
 着ぐるみ男はゆっくり入り口から這い出てその場に立ち上がり、しばらくゆらりゆらりと体を揺らしていた。そして庭をのそり、のそりと円を描くように歩いて、また入り口付近に戻ったとかと思うと、腕を枕にゴロリと横たわった。…なんだ?なんなんだ、こいつは。こんなイカレた野郎を間近で見れば、怖いと感じても不思議は無いはずだったが、そのバナナ男は不思議と愛嬌を感じさせた。私はアッと思って、手にしたままだったベルを再度振ってみた。チリンチリンチリン!
 どうやら私の予測は当たったらしい。バナナ男は再び立ち上がると、今度は奇妙な踊りを踊るような所作で、庭を一周する(子犬もたまに付き合う)。ウケた。ツボにハマった。彼らは看板で述べている通り、ベルが聞こえるたび「ご挨拶」をしてくれているのだ。なんてバカらしいのだろう!適当な英単語で命令すると、鶏男が色々な反応をしてくれるというバーガーキングのサイトがあるが、丁度そこを見ているような面持ちだ。
はてなブックマーク - BURGER KING® – Subservient Chicken (←ココ。そういえば電車男のスレッドでも紹介されてましたっけ。)
 性懲りも無く何度もベルを鳴らす私に、バナナ男は様々な奇妙な動きで笑わせてくれてから、また地面に横たわる。いつまでもゲラゲラと腹を抱えて笑う私だったが、そのうちバナナ男は横たるのを止め、立ったままこちらの方を向いてゆらりゆらりと揺れるようになった。しまった!やり過ぎたかな?疲れたろうしなぁ…。気まずくなった私は手にしていたベルをチェストに置き、礼を言って、もともと進んでいた方向へ歩みだした。



 50メートルも歩いたろうか。橋の袂に辿り着いた私はふと立ち止まり、あの家の方をちらりと振り向いた。すると、垣根に寄りかかり、身を少しだけのり出す様にして、こちらの方角を見ているバナナ男の姿が見えた。うわあ…私、まずったかしらん…触れちゃいけないものに触れたのかしらん…。ちょっと怖くなって後悔したが、奴に気がついた事を悟られると益々まずいと思い、橋の欄干に寄りかかって川を見ながら休んでいるようなフリをした。横目でチラチラ確認するが、奴は垣根から離れない。どうしようかな、怖いなぁ。
 と、奴がとうとう垣根を跨ぎ始めたのが視界に入った。ヤバイ!!逃げなければ!逃げているのだと悟られないように逃げなければ!道路に出てこちらに向かい始めた奴の姿を確認しながら、そんな計算を始めた私。さも休憩を終えたように伸びをして、早足で橋を渡り、川沿いの土手を先に急ぐ。しかし後ろから、足音と妙な気配がどんどん近づいてくるのが感じられ、私は必死に歩いた。ああ!しかし!足音が!息切れが!すぐ後ろに!
 次の瞬間、私は背中にタックル気味の頭突き?をかまされ、よろけた。恐る恐る振り返ると、やはり奴が居た。ヒイイイイイイイイイ!
 刺される?殴られる?拉致られる?夢の世界の住人にされる?
 激しく動揺する私に向かってバナナ男は「あ、なんか、ビックリさせて、どうもすみません」と意外と普通な感じの言葉をかけてきた。バナナを脱いだ男に話を聞いてみると、「貴方があんまり笑ってくれるものですから、話し掛けてみようと思って…」とのことだ。…単なるナンパだった。いやまあ、私はウケたけれど、そりゃご近所の子供達とかを除いて、突然こんな人を見て喜ぶ大人はそう居ないだろうなぁと思う。普段私はナンパとか嫌いだが、逃げる間あまりに恐ろしかった為、“なんだ、ナンパだったのか!良かった!ほんとにナンパで良かった!”と、事の展開にむしろ大喜びするのだった(目が覚めた後で考えれば、バナナ男にナンパされるということ自体が恐ろしいのだが)。  ---(はてな夢日記