焼肉とお地蔵さま


 誰かの家にお邪魔して、掃除をしている。その家の中に居るのは私と祥子(仮名)ちゃんだけだが、祥子ちゃんの家ではないようだ。知らない人の家。
 祥子ちゃんは寺の娘で、「それが果たして霊なのかほんとのとこは分からないけど、何かが居るのは見えたりする」と昔、語っていたことがある。その彼女が「居る。お風呂場に」と言う。祥子ちゃんはそのナニカのパワーにあてられたらしく、ヘロヘロしている。私は怖がりな割に霊感はないので「私が行ってもきっと見えないよね」と言いながら風呂掃除に向かった。祥子ちゃんは「いや、もう止めてもいいんじゃない?」と言っており、素直に従っておけば良かったのだ。
 ふいっとお風呂場を覗くと、見えた。怖いなんてもんじゃなかった。
 なるべくその時の感覚を正確に言い表そうとするならば、ぞぞぞ…という感触が、ズキュウウウゥン!!と稲妻のように体を貫いて、一瞬動けなくなるってな感じだ。見えたと言ってもハッキリしたものではない。何か半透明のものが、所々青く光っていた。ハッキリしたものではないにも関わらず、私はそれがお地蔵様である事を瞬間的に悟っていた。必死で念仏を唱えると、少し楽になった。
 私は大昔、お地蔵様に呪われる夢を見た事がある。その時のお地蔵様も、道を歩いていたら突然目の前にぽっこり現れ、「ウガァアアア!!」と叫んでくるという大変恐ろしい地蔵だったのであるが(これを友人に説明しても「ウガァアアア!!(叫びながら顔を上下に振る真似をする)」の部分で一様にゲラゲラ笑い出し「怖い夢と思えない、可笑しい」と言われたものだが、本当に怖かったのだ)、今回の夢のお地蔵様はその比じゃないって感じだ。次元が違う。
 私もヘロヘロしながら祥子ちゃんに「こりゃ、もうやめよー」とギブアップ宣言し、その家をとっとと離れる事にした。そしてウサ晴らしに「パーっと焼肉を食べに行こう!」と言い交わし、少し気分が浮上してきた。しかし玄関に向かう際に、またうっかり…風呂場に目を向けてしまった。
 また見えた!ズキュウウウゥン!!今度は貫かれたまま動けない。これが噂に聞く金縛りというやつか…念仏を唱えてみたが、今度は効き目がない。どうしよう…向こうで祥子ちゃんが引き攣った顔でこっちを見ている。
 なんとか金縛りから逃れようと足掻く私の頭の中に直接語りかけるように、お地蔵様の声が聞こえた。「焼肉を食わせろ!」私は動けない中、足掻きながら、必死で声を絞り出した、叫んだ、「分かった!焼肉食べに行こう!!」
 その瞬間、体が動くようになり、玄関の祥子ちゃんのもとへ走った。すぐに外に出た私たちは「焼肉食べたいんだって」「どうすればいいんだろう」「私たちが食べに行けばついて来てるかな」と話しながら、歩き出した。