サーカスが行く その参

 「サーカスが行く その壱」 http://d.hatena.ne.jp/taoyameburi2002/20051020/p1
 「サーカスが行く その弐」 http://d.hatena.ne.jp/taoyameburi2002/20051021/p1 の続き。
 その弐をキリの良いところまで書き足し。さらに見出しを新しくして再開。思いのほかサーカスの夢が長くなって、ここ数日で見た居酒屋で歓待される夢・トイレの夢(またか)・海に生きる夢を記載できずに忘れてしまいそうだ。こんなに日にちがずれたらもはや日記じゃないし。

    • -

 恐竜たちの騒動で、どんな厳しい処分が下るのか…。サーカス団の存亡を心配した私であったが、どういう訳か、団長がこってり絞られて来ただけだった。檻から恐竜を放った犯人がやんごとない方だった、といったオチだろうか?腑に落ちない気分ではあるが、そんな事はもうどうでも良かった。恐竜たちの居なくなったサーカス団はすっかり寂しくなっていた。
 しかし、寂しいのは何も恐竜の為ばかりではない。大川君の言っていた「そういうご時世」というやつだ。人々にサーカスを楽しむ余裕が無くなっている。同時に、サーカスにも余分な団員を置いておく余裕が無くなっていた。一人、また一人と、いとま申して去り行く仲間。本来、ここはとても大規模な伝統あるサーカス団だった(なにせ、応援団まで随行しているくらいだ)。スタッフを含めて、50人規模の大所帯だったのだ。しかし今は、残すところ10人程度まで減ってしまった…。
 少しばかり明るい話題といえば、団長の息子の話だ。今まで団長とそりが合わず喧嘩ばかりだったが、いつにない当サーカスの危機にあたって、人が変わったように修行に励みはじめたとのことだ。彼は動物の調教師。本当は恐竜のことで、いたく心を痛めているはずであった。
 この団長の息子はオダギリジョーが演じていた。っていうかオダギリジョーだった、と言うべきか。夢なんだから。


 サーカス団は、とある村の、寺が経営する幼稚園(?)に居候させてもらっていた。特に公演の予定もなくなかなか金銭的な御礼が出来ない我々に、人の良さそうな坊主とその妻(結婚できる宗派なんだろう)は快く寝床を与えてくれた。そんな彼らに、少しでもお手伝いできることはないかと、団員らは本堂の掃除をしたり畑仕事を手伝ったりしていた。
 そんなある日。私は坊主の妻と一緒に畑の芋掘りをした後、寺に帰ろうとしていた。道の途中、向こうの空き地を指差して坊主の妻が言う。
 「ほら、息子さん。最近はいつも此処で練習しているの。熱心よねぇ。」
 彼女の言う方に目を向けると、遠くにオダギリの姿が見えた。
 


 …と、ぶわっ!とばかり、後ろから両の頬をかすめ、「何か」が風を切り群れをなし通り過ぎた。その色とりどりの「何か」は、まっしぐらにオダギリめがけて進んで行く。
 …ああ、そうか。それは当サーカスの動物、カメやさかな達だった。そういえば私は、愛嬌を振りまく恐竜たちの思い出に気を取られ、他にも大事な仲間がいることを忘れていた。空を舞い泳ぐ彼らの姿はとても美しいのだ。しかし、それにしてもオダギリのさかなさばきは見事なものだった。空を泳ぐさかなの群れをこれほど自在に統率できる調教師は、そう居たものではないのだ。オダギリの指示でさかな達が列を成し、渦を巻く。殺風景だった空き地に、幻想的な光景が広がっていた。
 「Good!」オダギリがさかな達にねぎらいの言葉をかける。
 オダギリの後方でサーカス団の副団長・玄さんが立ち上がった。オダギリばかり見ていて気が付かなかったがどうやら其処で指導にあたっていたらしい。
 腕組みしたまま玄さんが言う。「良くなったな。…しかし、敵性語を使うのはまずくないか?」
 「そうなんですよね。しかし下手に指示の言葉を変えると、さかな達が混乱しますし。どうしたもんですかね」
 少しばかり間抜けな会話を聞きながら、私は妙に幸せな気分になっていた。根拠もなく、ああ、彼らが居れば大丈夫だなと思った。
 第二次大戦がはじまろうとしていた。    ―終―