サーカスが行く その弐

 「サーカスが行く その壱」 http://d.hatena.ne.jp/taoyameburi2002/20051020/p1 の続き。
 …書くのに疲れてきた・飽きてきた・大川君と夕焼けの中語り合う描写に我ながらなんじゃこりゃと意味なく落ち込んできたので一時中断した夢の記述を書き足し+再開。(大川君、昨夏の誕生会以来会ってないが元気かしら。)さらに、長いので区切りの良いところで見出しを新しくしてみた。

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 その夜は、我々は何かの式典に参加することになっていた。参加すると言っても実際にパーティー会場に入るのはエライさんだけ。当サーカス団でも、特別に参加しているのは団長や幹部だけ、だ。しかし団長達も、「いかにも場違いなところに潜り込みました」、と全身から発信していた。
 パーティーの招待客は、上流階級の人間、もしくは権力者。車で入り口まで乗りつけ、次々と会場入りするドレスやタキシード姿の人間たちを見て、私は彼らが何か異なる進化を遂げた人類であるかのように感じていた。身に纏う雰囲気が違う。中から醸し出すオーラが違う。もはや血や肉の成分が違うのだ…適当なことを考えながらふと私は、以前(リアルで)アルバイトで潜入した、上流階級のクリスマスチャリティーパーティーとやらの様子を思い出していた。帝国ホテルの大広間。着飾った人々。めくるめくご馳走。素晴らしいゲーム賞品。壇上には煌びやかに、豪華賞品の一つであるクルマが飾られていた。私は詳しくないのでさっぱり分からないが、きっと「良いクルマ」なのだ。5歳に満たない幼児が札束を握り締め、私に向かって駆けて来る。彼はビンゴカードを購入するつもりなのだ…舌足らずに幼児が言う。「20枚!」
 さて、会場入りしない私たちが何をしているのかというと、「普段は着ないスーツを着せられ、入り口で綺麗に整列し、じっと動かずお客様をお迎えする」というお役目だ。全く意味は無い。理不尽だ。もう夏も終わり夜は寒い、そんな中、身じろき一つせず立っているのは辛い。
 車道から続く赤カーペット。入り口は少し、たぶん五段ぐらいだと思うのだが階段状になっており、そのカーペットを挟んで、私たちは列を組んで並んでいた。段になっているお蔭で、前に並ぶ者の頭を気にせずパーティー客の姿を横目で見ることは出来るが、それを「いい暇つぶしになって気が紛れるわ」と喜ぶほど私はお人よしにはなれなかった。ストッキング越しとはいえど、スカートの下からしんしんと冷気が入り込む。こんな時女は損だ、と何となしに考えた。
 我々の後ろからは常にパーティーの喧騒が感じられたが、眼の前は、時折虫の声が聞こえる程度で静寂が広がっていた。私は手持ち無沙汰で、ぼんやりし始めた。

 
 ふと、静寂が破れた。
 あるはずのない光景を見て、一瞬、何が起こっているのか分からなかった。サーカスの恐竜たちが暴れている。何故?恐竜たちは必ず檻に入れるか、鎖で繋いであるはずだ。
 もともとこの式典に私たちのようなサーカス団ごときが呼ばれたのは、ひとえに恐竜珍しさゆえではあった。お偉いさんたちのお眼にいれて、喜んでいただこうという按配だ。だから恐竜を連れてきている事は知っていた。しかし、サーカスの人間がこんな所で彼らの鎖を外す事はありえない。恐竜たちは見た目こそ恐ろしいが、草食性の大人しい奴らばかりではあった、だからと言って団員は、無用の混乱を引き起こすような事はしない。…酔狂な客が恐竜に気付いて、興味本位で解き放ったか。
 私は大人しい恐竜が暴れ出した理由を察した。この会場をぐるり取り囲んで、一定の間隔でかがり火が焚かれている。何かの拍子に火の側に行って、パニックを起こしたのだろう。本当ならすぐに止めに走るべきだが、私を含めて、皆その場に固まったまま動けない。「式典の最中に動いちゃいけない」「動いたら、お手うちでは?罰を受けるのでは?」という考えに囚われ畏れたからだ。そんな間にも恐竜たちは広場を駆けりまわる。そしてとうとう、その内の1匹が支えに足を引っかけ、かがり火を倒した。ぶわっ、と炎が大きく広がり、芝を焦がしはじめる。炎に照らされ走り回る恐竜たちは力強く美しい。
 「何してる!止めろ!奴らを捕まえろ!」
 団長が叫びながら、会場入り口から飛び出してきた。私たちは我に返る。炎を踏み潰して消火にあたり、恐竜に向かって走り出した、しかしもはや遅すぎた。異常に気付いた警備兵達が、既に恐竜に銃を向けていたのだ。私たちは奴らが危険な動物ではないと知っているが、この光景にそんな言い訳は通用しないだろう。暗闇に銃声が響く。そして私たちは、サーカス団の稼ぎ頭であった、10頭もの大事な仲間を失った。


 「サーカスが行く その参」 http://d.hatena.ne.jp/taoyameburi2002/20051024/p1 へ続く。